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2008/10/22

問う今日タワー

みなさんは東京タワーに登ったことはありますか?
多くの方々は『YES』でしょう。しかし、わたくし恥ずかしながらも登ったことがありません。というか、東京タワーに行ったことも昨日までありませんでした。いつも遠くから、近くから眺めているだけ…
それが、昨日のブログで書きましたがウォーキング中に初めて東京タワーの真下を歩きました。
333m、見上げるとやっぱりでかいですね!
夕暮れ時に通ったので、真っ赤なタワーが、朱色に染まり、我こそは東京のシンボルだ〜!と言わんばかりに威厳な表情で天に向かって突っ立っていました。
もちろん、この日は登りはしませんでしたが、後で調べてみると、中にはなんと水族館があるとか!土日には階段で上まで登れるとか!その暁には公認証が貰えるとか!イメージキャラクターは『ノッポン』だとか!だとかとか!
1958年の建設時には、こんなエピソードもあったそうです。

・この塔は増上寺の墓地を一部取り壊して建設したため、墓を移させられた霊による怪奇現象が起きるという噂が立った。
・特別展望台から上の部分に使用されている鉄材の原料には朝鮮戦争後にスクラップされたアメリカ軍の戦車が使われている。これは当時の日本では良質の鋼材に恵まれず、またアメリカにとっても旧式戦車を売却して新型戦車を製造した方がメリットが高かったからである[4]。
・当初は上野公園付近への建設も検討されたが地下にある東京礫層地盤に基礎を打ち込むため、より浅い所にこの地盤がある現地域に決定した。
・建設中の1958年(昭和33年)6月に昇っていた鳶職1人が強風に煽られて転落死し、この塔の麓にある増上寺で葬儀を行った。
・1958年(昭和33年)12月23日完成。全高333mと「3」が続くため語呂合わせのように思われるがこれは本来東京全域に電波を送るには380mの高さを必要とされていたが風の影響でアンテナが揺れ画像が乱れる可能性があったため、影響を受けないぎりぎりの寸法としてこの高さが選ばれた。
・「東京タワー」の名称は完成直前に開かれた審査会で決定した。事前に名称を公募し、最終的には86,260通の応募が寄せられた。一番多かった名称は「昭和塔」で、続いて「日本塔」「平和塔」だった。他には当時アメリカとソ連が人工衛星の打ち上げ競争をしていたことから「宇宙塔」、皇太子明仁親王(今上天皇)の成婚が近いということで「プリンス塔」という応募名称もあった。しかし名称の査会に参加した徳川夢声が「ピタリと表しているのは「東京タワー」を置いて他にありませんな」と推挙し、その結果「東京タワー」に決定した。なお、「東京タワー」での応募は223通(全体の0.26%)だった。
・当初、地上約66m付近にビアレストランを設置する計画だったが、結局、実現される事はなかった。
Wikipediaより

ロンドンに住んでいた時に、知人のフォトグラファー小原太平氏の彼女さんが、リリー・フランキー著書『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』を送ってくれました。その時に両親と離れて暮らしていたこともありましたし、小説と私のバックグラウンドが重なり、号泣しながら読み進めたのを覚えています。
2011年には第2の東京タワー、『東京スカイツリー』が墨田区に完成する予定です。 その高さ610m! 現在の東京タワーの約2倍の高さですが、現タワーも昭和の象徴としてこれからもこれからも多くの人に愛されて欲しい。
とは言っても、まずは自分で登ってみないとね!
もちろん、階段ででしょ!!

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